事業統括より

 日本における博士人材育成の重要性は、これまでの最先端科学の推進だけでなく、急速に変わりつつある産業界での開発人材、リーダーシップを発揮できる人材などの点で再認識されつつあります。このような状況を受け、日本では文部科学省が中心となり先端研究拠点の大学での博士学生への支援をそれまでの4,500人から16,000人規模まで増加させる方向に舵を切りました。その最も大きなものが、Supporting for Pioneering Research Initiated by the Next Generation (SPRING) プログラムであり、本学では、「独自ネットワーク形成を行う開発主導型博士学生研究・教育支援プログラム」として行われています。

この学生への支援は、主には生活費支援と呼ばれる大都市圏内であってもアルバイトなどをしなくて大学での研究活動などに専念できるための支援と博士課程修了後のキャリアアップをスムーズに行えるようにするキャリア形成支援の2つに分かれて行われています。特に、後者はこのプログラムに選考された各大学に一任されており、国内でそのアイデアを競って独自の博士学生支援プログラムを作り上げているところです。

本学では、2021年当初からこのプログラムに採択されています。その中で、まず、博士課程の学生が国内に多数存在する異分野の国立研究所などで自らの提案する研究を半年で行う短期プロジェクトプログラム、博士課程学生自らがもつ技術的スキルや研究方法を元にした社会でのリカレント、リスキリング教育を行う教育ツールの開発、バイリンガルにとどまらず、トリリンガルな研究者となるべく、第2外国語でも自分の研究を発表できる語学力のプログラム、さらには、博士課程学生が上述のプログラム内で予算を申請できるようにし、その予算申請書も大学内に設定されたレビュー委員会が審査、コメントを戻し、リバイス申請を行わせることで、研究提案申請のスキルも向上させるプログラムをスタートしました。

これらは、我が国の大学の中でも特異なものと位置づけられ、高い評価を受け、その結果2021年開始当時は支援できる博士課程の学生数は24人であったものが、2022年には28人に、2023年には32人に、2024年には39人まで増やすことが出来ています。この増加は、我々のプログラムが挑戦的な新しいタイプの博士人材育成であると認められた結果と考えています。

2024年からは、あらたにスタートアップ企業に出向き、自らのスキルを活かした会社設立への支援や会社立ち上げの経験をさせるプログラム、今後の博士課程学生の活躍すべき場がアジア、特に東アジア地区になることを見越し、その地域の国に出向いて各国独自のスタートアップ企業を経験させるとともに、博士学生が自らの個人研究者ネットワークをそれらのエリアで広げられるようにするプログラム、国内外でのベンチャーに深く関与させるチーム型プロジェクトやUEC-SPRING自体の運営をその予算獲得や広報の方法に至るまで関与させるプログラムを加えて再スタートを切りました。

これらのプログラムの多くは、事業統括を始めとした教員が自らの研究キャリア形成を振り返って考えたものや、2024年のノーベル賞でArtificial Intelligence(AI)が多く科学の中に導入され、それまでの既存科学の分野が一気に垣根を超え、新しい手法を導入していることなどから考えられたものです。例えば、アジア言語を第2外国語として強く意識させ、自分の研究をその言葉で説明できる語学力を付けさせようと思った経緯には、事業統括が国際共同研究を行う際に、その国の言葉をしゃべれる人材を連れて展開した時とそうでない時の大きな成果の違いを感じた経験から来ています。また、日本では、ベンチャー立ち上げなどの機運が増加しているものの、諸外国と比べるとまだまだエンジェルと呼ばれる技術シーズを的確に理解し失敗することを含め資金的な支援をする団体・個人投資家が少ないことが課題になっており、人数や売り上げ成長の壁と呼ばれるものが存在しています。これらが起業をためらわせる状況の中で、如何に大学においてそのタイプのキャリア支援を行うことが出来るかも課題となっていると思います。本プログラムのスタートアップ企業への派遣やグループによるベンチャー企業支援などはこれらの状況判断があって企画されたものです。

 以上が、本プログラムのポリシーおよび骨子です。近い将来、この育成プログラムを経験した博士後期課程学生が、アジア圏を中心にイニシアティブをとり、新分野開拓もものともせず行っていく姿を期待しています。

JST次世代研究者挑戦的研究プログラム
電気通信大学事業統括
米田仁紀